島本理生
+--April 19, 2007--+
「生まれる森」島本理生
「生まれる森」読了。
もう何も言い訳はしませんが、今度こそは本当に島本理生一休みになりそうです。というのも地元の砂町図書館にある島本理生作品をこれで全部読みきってしまいました(笑)。厳密に言うと、
「クリスマス・ストーリーズ」という複数作家による短編集がありますが。
この話(生まれる森のこと)は恋愛小説ではないと思いました。著者も「恋愛小説とはいえないのかもしれない」ってあとがきで書いていますが。立て続けに読んでいる前2作でも思ったけど、この人のあとがきを読むのも結構楽しみです。どんなことを考えてこういう小説を書いているのかなって知りたくなるので。
恋愛小説ではなくて何なのかというと、成長過程小説というか、あまり人に頼らないで生きてきた女の子が周りの助けを借りることを覚える様を描いた小説という感じ。これは私の考えですが、一人でどうにかしようとすると一人分のサイズのことしかできないと思うんです。でも、いろんな人に関わってもらうと成果が一人分のサイズの大きさのものになる。もちろん、一人サイズ以上の苦労を背負う可能性もあるんだけど。
ここでいう成果って別に仕事とかに限らず、ちょっと嬉しいこととかそんなことでもね。で、この小説はそれこそそうやって一人分の嬉しさや悲しさだけで生きてきた女の子が、人と関わって嬉しさや悲しさが大きくなっていく様を描いていると思う。
それと、あらためて認識してしまったのは、冷めてしまった気持ちって本人にもどうにもならないんですよね。私は熱しやすく冷めやすくて、熱しやすさはともかく冷めやすさをどうにかしたいと思っているのですが、恋愛感情って意思でどうにかなるもんじゃない。う〜ん、まあいいや。これは独り言ということで(笑)。
+--April 17, 2007--+
「一千一秒の日々」島本理生
「一千一秒の日々読了。
昨日、yoriさんへの返事で「あまり熱くハマらずに慎重に読んでいこうと思っています」って書いたのに、その予定はどこへ行ったやら(笑)。
これもよかったですよ〜。雑誌に連載した小説を単行本にしたもので、ある短編で主人公ではなかった人物が次の短編で主人公になっていて、、という連作になっています。
登場人物が似たような性質の人って気がするので、たぶんこういう人がダメな人は島本理生自体ダメなんじゃないかと思いますが、自分の気持ちに誠実でいようとする人って私好きなんですよね。
それにこうやってゆっくりと歩むような人に私が憧れているんだろうなあとも思います。自分がいろんなことを勢いでどうにかしちゃおうとする方なので(笑)。
世の中って本当に不思議で、訳わかんない事件なんかもたくさん起きているのに、この小説の人物達のように地味で誠実な(もちろんそうじゃない人もちらっとは登場するけど)人も確かにいるんですよね。
私、今日亀戸で自転車停めるときに自転車を倒しちゃったんだけど、そのとき通りがかりのちょいヤンキー風の女の子が起こすの手伝ってくれて。最近の若い人って私が若いときよりそういうことができるんじゃないかとさえ思う。
で、そうかと思うと、この単行本の最後の小説のようにちょっとしたエゴで歪んだことをしちゃったりもするんだよね、人って。特にこの最後の作品は、
「ナラタージュ」の原案っぽい気もするので、既に「ナラタージュ」を読んだ私にはあのせつない想いが甦ってきます。
と、続けて読んでしまいましたが、ひとまずここで休みを入れよう。くれぐれも一気にハマって一気に冷めるようなことにはならないように(笑)。
+--April 16, 2007--+
「リトル・バイ・リトル」島本理生
「リトル・バイ・リトル」読了。
これ、ブログには今日感想を書いていますが、図書館で借りた日に読み始めてそのまま最後まで読んじゃいました。
島本理生って、地に足がついている感じがすごく好き。頭で考えているんじゃなくて、心で感じていることをそのままに、という様が。社会の中で生きていると、「こう感じている」という現実を「こう感じるべき」という理性で押し殺しちゃったりすることってありますよね。でも、島本理生が書く人って、そこで一度立ち止まって急がずに自分の気持ちを確認するようなところがあって、読んでいてすごく気持ちがいいんです。
例えば付き合っている人に対して気持ちが冷めてきちゃったときに、私は「長く付き合っていればこんなこともあるよ」って思って冷めた気持ちを黙殺しちゃったりするんですよね。で、黙殺し続けたものがある日大爆発してしまう(笑)。
いや、私の場合、「ちょっといいな」くらいな気持ちを「すごく好き」に自ら盛り上げちゃうところがあるんだよなぁ。それでしばらくして、やっぱり「ちょっといいな」くらいだったことに気付くという失礼極まりないパターン。私も島本理生の書く人のように、ちゃんと自分の気持ちを自分がわかっていないとだめだなあ。
と、ほとんど小説の内容に触れていない感想ですが(笑)、何が起こるわけでもなく気持ちのいい(私にとっては)世界にしばし浸らせてもらえる小説です。
で、最後にあとがきを読んでちょっと笑っちゃったんだけど、「明るい小説にしようと、最初から最後までそれだけを考えていた。」とあるんですね。確かに暗い小説ではないけど、世に数多ある小説の中でこの小説が果たして明るい小説と言えるのかどうかかなり怪しい(笑)。でも、「明るい小説」を目指してこんな穏やかな小説を書く島本理生が私は好きですね。
実は図書館では同時に
「一千一秒の日々」も借りました。こちらも楽しみです。
+--October 10, 2006--+
「ナラタージュ」島本理生
「ナラタージュ」読了。
他人の心を力ずくで変えることはできない。
いろいろ手を尽くしたところで
好きになった相手が自分を好きになったくれるという保証はなく
その相手が自分を好きになってくれるという幸運を祈るしかない。
それと同様に、実は自分の心も力ずくで変えることはできない。
嫌いになれればどんなに楽かと思っても
意思の力ではどうしようもなく
ただ時が気持ちを薄めていくのを待つしかなかったり
この人を好きになれれば穏やかな日々が送れるだろうと思っても
意志の力で好きになることはできない。
一時的に勘違いすることはできても
いつかは本当の想いが露呈してしまう。
なんて、柄にもない文章を書きたくもなってしまう。
もう、号泣ですよ、この本。
泉と葉山先生、もっとうまいことすれば、うまいこと行った可能性だってあるのに、うまいことなんてなかなかできないんだよね、実際。。
そもそも「うまいこと行く」って何だろう。
恋や愛を超えた信頼で結びついてしまったことが、
恋や愛で結びつくことを邪魔してしまったのかな。。
このまま書き続けると、自分のプライベートなことを書いてしまいそうなので止めておきます(誰も読みたくないって 笑)。







